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ユーさんのシネマ談義⑬ (2009年10月10日)
<1> 映画題名
「道」La Strada (1954年製作)
(監督)フェデリコ・フェリーニ
(撮影)オテロ・マルテッリ
(音楽)ニーノ・ロータ
(原作・脚色)トゥリオ・ピネッリ、フェデリコ・フェリーニ
<2> 出演
1 ザンパノ(アンソニー・クイン)
2 ジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)
3 綱渡り芸人(リチャード・ベイスハート)
<3> あら筋
海辺で薪を拾っていたジェルソミーナを妹たちが家に帰るようにと呼びにきました。大道芸人のザンパノがオート三輪車で迎えに来たのです。母親はジェルソミーナを芸人にしてくれるようザンパノに預けました。ザンパノは胸に巻いた鉄の鎖を引きちぎる大道芸人でした。ジェルソミーナは太鼓とトランペットを仕込まれ、ザンパノと一緒に旅芸人の暮らしを始めます。しかし、ザンパノはジェルソミーナを女房代わりにした上、旅先では別の女を相手に夜を過ごす身持ちの悪い男でした。そんなザンパノにジェルソミーナは愛想を尽かします。“故郷へ帰るわ!イヤになった!仕事はいいのよ。芸人は楽しいわ。でもアンタという人が嫌いなの!”こう言ってジェルソミーナはザンパノの元を逃げ出し、一人で町をさ迷うのでした。
町はお祭りでした。綱渡りの芸を観て感激するジェルソミーナ。疲れ果てて広場に座り込んでいるところにザンパノが現れ連れ戻されました。目を覚ますと、サーカスの一座の中にいました。そのサーカスには前夜観た綱渡りの芸人もいます。しかし、彼はザンパノとは相性が悪くいつもぶつかるのでした。
ある日綱渡りとザンパノが喧嘩を始めました。ナイフを振りかざしたザンパノは警察の留置所にぶち込まれます。その夜ジェルソミーナは「私は何の役にも立たない女、生きているのがイヤになった。私はこの世で何をしたらいいの?」と綱渡りに悩みを打ち明けます。すると綱渡りは「ザンパノはお前に話しかけたいのに吼えることしか知らない。しかし、お前以外に誰が奴の傍にいられるのだ」と言って慰めました。かくしてジェルソミーナは警察から釈放されたザンパノと連れ立ち、再び旅芸人として各地を廻り始めました。しかし、運悪く旅先の田舎道で綱渡り芸人と遭遇するのでした…。
<4> 感想
ジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナの純朴さが痛々しく伝わって来
ます。映画ではザンパノ役のアンソニー・クインが第1主役として最初に出演者名が出てきますが、現在のシネマ関係本ではジュリエッタ・マシーナがアンソニー・クインの前に記されているものが多いようです。DVDのスタッフ紹介もそうなっています。それ位この作品はジュリエッタ・マシーナが演じた「ジェルソミーナ」のインパクトが大きいと思います。
野獣のようなザンパノの粗暴な言動とは対照的なジェルソミーナの純粋無垢な魂。それを見事にパントマイムで表現したジュリエッタ・マシーナの演技力はチャップリンにも比肩すると絶賛されました。
もともとこの映画は製作者であるラウレンティスが自分の妻をジェルソミーナ役に起用するように条件をつけたのですが、監督のフェリーニは愛妻ジュリエッタ・マシーナをイメージして「道」を企画したものであり、絶対に譲らなかったのです。この作品の成功によりフェリーニは世界の映画界で確固たる地位を築き、以後「甘い生活」「81/2」「アマルコルド」などの名作を世に送り出していきました。
以下にこの作品の見所、聴き所をまとめて見ます。
* 映画解説本の多くに「少し変わり者のジェルソミーナは…」と書かれていますが、私は何度見ても、いや見れば見るほど、彼女が知的障害があるとは決して思えませんでした。「家族との別れ」「尼僧たちとの別れ」「綱渡りとの別れ」いずれの別れに於いても心から相手を想い、必死に手を振り、涙を流すその心根の優しさ。野辺の樹木や草花たち、はたまた土中の蟻にさえジェルソミーナは繊細で感受性豊かな眼差しを送ります。
見よう見真似で習う芸事も飲み込みは早く、ザンパノと組んでも、綱渡りと組んでも、少しも遜色はありません。ジェルソミーナは自由で穢れのない天衣無縫の神性をもった女性だったのです。そんなジェエルソミーナの心を「ザンパノが犯した大罪」が無残にも締め付け苦しめていくのでした。
* 映画のタイトル「道」は、ザンパノと一緒に廻り続ける旅芸人の辿る「道」であり、人々と出遭う「道」であり、いつか故郷に繋がる「道」であり、最後にそれぞれが歩んだ「人生の道」となるのでしょうか。
* 今回の作品でもニーノ・ロータの主題曲がすばらしいです。美しい旋律の何処かに哀愁が漂っています。旅芸人の哀れ、別離の切なさ、人生の悲哀、様々なシーンに流れるこのニーノ・ロータの名曲は人間の魂を美しくそして悲しく歌い上げているかのようです。
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